こんにちは!香川大学 学部3年の清水です。
今回は、「音響建具」という、これまでにない新しい建具が、いかにしてこの歴史ある建物に生まれたのか、その試行錯誤の道のりをご紹介します。
香川県丸亀市に位置する古民家「豊島邸」。この歴史ある建物に、私たちは「音響建具」という、これまでにない新しい建具を制作しました。ただ空間を仕切るだけでなく、音響効果をもたらし、見る角度によって表情を変えるこの建具は、いかにして生まれたのか? 今回は、その試行錯誤の道のりをご紹介します。
デザインは「ただ美しいだけ」ではなかった
プロジェクトの始まりは、建具のデザインを考えることでした。組子の伝統模様を研究し、自由にアイデアを出し合う中、私たちは「豊島邸にしかないデザイン」を追求しました。笠島の風景や、木の温かさを取り入れた美しいデザインが次々と生まれましたが、ここで一つの壁にぶつかります。
「ただパネルを張ったり、吸音材を混ぜたりするだけで、本当に音響効果が得られるのだろうか?」
建具としての機能と、音響効果の両立は簡単なことではありませんでした。そこで私たちは発想を転換し、建具そのものを音響効果のあるものとして再定義することにしたのです。
伝統技術との出会い、そして革新
新しいデザインの鍵となったのは、組子の伝統技術である「四方転び(しほうころび)」でした。これは、部材を四方八方に傾斜させて組み合わせる、非常に高度な技術です。この技術を用いれば、見る角度によってデザインが変化し、さらに音の反射や吸収にも影響を与えることができるのではないか? そんな期待を胸に、私たちは四方転びを活かしたデザインを考案しました。

四方転び(しほうころび)
さらに、一枚の大きな障子にするだけでなく、複数の小さなパネルをはめ込むことで、デザインの組み合わせを自由に変えられるようにしました。これにより、視覚的な面白さが生まれるだけでなく、パネルの配置によって音響効果を変化させられるという、もう一つの可能性が開けたのです。

デザインのルールを定める:黄金比と白銀比の融合
漠然としたデザイン画ではなく、明確なルールに基づいた設計へと移行しました。レンガや丸亀うちわ、さらには黄金比といった身近なものからインスピレーションを得て、デザインのロジックを確立。特にこだわったのは、西洋の美意識を象徴する黄金比と、日本の伝統的な美意識である白銀比を融合させることでした。

黄金比 白銀比
豊島邸には、畳に座る部屋と椅子に座る部屋があり、それぞれで視点の高さが変わります。私たちはこの視点の違いを意識し、建具の組子を密にしたり、間隔を空けたりすることで、空間全体に奥行きと変化をもたらすようにデザインを練り上げました。
3Dで実現するリアリティ
デザインの検討を進める中で、四方転びの部材は見る角度によって表情を変えるということに気づきました。そこで、単なるイラストではなく、考えられるすべてのパターンをCADで3D化して検討することに。これにより、よりリアルな完成形をイメージしながら、細部にわたる議論を重ねることができました。
障子一枚のデザインがある程度固まると、今度は複数の障子を並べた時の見え方を検証。黄金比と白銀比の障子をどう配置すれば最も美しく見えるか、徹底的に議論を重ねていきました。

職人との協働、そして最後の挑戦
森本建具店さんにご協力いただき、試作品を制作。実際に手に取って部材の寸法やデザインを検証し、さらに改良を加えました。そしてたどり着いたのが、黄金比と白銀比という比率の大きさを表現するだけでなく、比率が生まれるまでのプロセスを、三角形の部材と空白の取り方で表現するという、新たなデザインです。

黄金比 白銀比
これによって、建具のデザインが持つストーリーがより鮮明になりました。組子の仕組みや見え方の変化を発見するたびに、その奥深さと面白さを改めて感じることができたのです。
そして、完成へ
2回のワークショップでは、参加者の方々と一緒に、これまでの想いが詰まった建具を組み立てていきました。多くの部品があり、少し頭を使いますが、参加者の皆さんは熱心に、そして楽しそうに取り組んでいました。(ワークショップの様子はこちらからご覧いただけます)
「組子は、誰でも伝統に触れることができる美しい工芸品だ」
この日の制作を通して、私たちは改めてその魅力を実感しました。
豊島邸を訪れた際には、ぜひこの音響建具を実際に動かし、音の変化や、見る角度によって変わる表情、そして繊細な職人技を肌で感じてみてください。この建具が、多くの人の想いとともに、豊島邸の新たな歴史を刻む一部となることを願っています。
次回は、この建具を形作ったデザインの秘密に迫ります。黄金比や白銀比といった、繊細な美意識がどのように落とし込まれたのか。その詳細をぜひご覧ください。

